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つれづれかんげき日記
歌舞伎「野田版鼠小僧」他
今日は下の娘と二人で歌舞伎座へ。夜の部をみた。演目は「引窓」(三津五郎、橋之助、扇雀)、
「雪傾城」(芝翫(しかん)とその孫6人(勘太郎、七之助・・)の踊り)
野田版「鼠小僧」(勘三郎、福助、橋之助、孝太郎、染五郎、勘太郎、七之助、彌十郎、扇雀、三津五郎)

「引窓」は、後妻に入った母が、わが子は小さいときに養子に出していた。その後、実子が相撲取りとなりやむをえず人を殺してしまい別れをいいに訪ねてくる。同じ日に再婚先の息子は与力となり、初仕事としてそれとは知らず義母の実子を捕らえよとの命が下る。嫁と母はどうにかして実子を逃がしたい。そこで髪をきったりと変装させるが、ほくろを取らねばならないができない。そうこうしているとすべてを理解した息子は窓の外からつぶてをなげてほくろを落とす・・・とまだまだ続くが、ありえない状況があったり、大げさだったりしても何故か、ジーンときてしまう。人の情の本質は変わらないということなのかしらと思う。

黒子の人がだんごむしのごとく、丸くなって小さく目立たなくして、作業をするのもなかなか面白い。

「鼠小僧」は、面白かった!ストーリー展開もテンポよく、わかりやすかった。
鼠小僧が、義賊というのではなく、本当は超ケチな小心者の男が欲から鼠小僧を名乗るとか、善人といわれ大岡越前の守が、偽善者であり、貞操な妻が実はそうでない、良心ものが悪ものであったりと人の裏表、見定めることが多くの人はできていないんじゃないって言われているのかも。
お金と自分の命大切の鼠小僧だが、自分のせいで殺された老人とその孫が鼠小僧を信じ待っている姿と良心ものを装っている悪ものが実はその孫の父親で子どもを捨ててさらに何の愛着も示さないことに対して我を忘れる、というよりは本当の自分に気づきさせられるのか。
鼠小僧とその子供は同じ名前「三太」(サンタとかけているかんじ)で、悪ものの父親が「さんたなどいない」という言葉に承服できずに、自分の命ごいを捨ててまで反論するところなどは、そのつらさが伝わってきて勘三郎はさすが!
全体的に笑いがたくさんあり、セットもよくできていて、楽しめる舞台、そして泣かせる。やっぱりすごいなあーと大満足。
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帰りに、ひさびさのXmasの銀座だったので、イルミネーションを楽しんで帰った。
ミキモトのツリー。
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三越のツリーはグリーンのライトがツリーの中を落ちるように光る。写真では緑の線が写っている。
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by joi-satoimo | 2009-12-24 00:52 | 観劇
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